日本映画テレビ技術協会が発行する業界専門誌『映画テレビ技術』11月号に、日本テレビ初の4K野球生中継の詳細が特集されました。システム構築、機材調達、運用面の苦労、オペレーションの実態から編集まで・・・NiTRo担当者たちの苦労、試行錯誤の様子が詳しく描写され、読み応え満点です!
4Kの"いま"を実感してください。
映画テレビ技術 11月号
(株)日テレ・テクニカル・リソーシズ 巨人戦4K生中継 技術概要
技術制作部 飯島章夫・今野智道・清水新太郎
(株)日テレ・テクニカル・リソーシズは、当社の新中継車「OB-X(オービーエックス)」を使用し、
日本テレビとして初の4K生放送となる野球中継制作、および、一般社団法人次世代放送推進フォーラム(NexTV-F)に納品するための収録・編集作業に関して、一貫した4K制作の技術協力に携わった。
この取り組みで得た知見の一部を紹介する。
【経緯】
日本テレビは2013年10月にNexTV-Fの実証実験として4K野球収録を行ったが、この夏SONYから中継に適した4Kカメラが登場した事と、7月末に弊社の4K対応中継車が稼働した事も相まって、Channel 4Kへのコンテンツ供給および新たな4K技術検証を目的として、2015年8月30日(日)の巨人vs中日戦の生中継案が持ち上がった。
この生中継は、HDでの生放送(日本テレビ地上波・BS・CS)とは別制作であり、日本テレビ技術統括局主導のもと、2カ月あまりの準備を経て、当日は関係スタッフ及びメーカー各社から総勢50名を超える技術スタッフで臨んだ。
セットの様子 中継車は拡幅する事により広い制作環境を提供
【番組概要】
● 番 組 名 :「日テレジータス特別版 次の瞬間、熱くなれ。
THE BASEBALL 2015 巨人×中日 ~東京ドーム~」
● 放送日時 :2015年8月30日 13:50~19:00
● 放送展開
・スカパー!4K総合 4K 生放送(スカパー!プレミアムサービス596 Ch)
・Channel 4K 4K 後日録画放送
・パブリックビューイング 東京ドームからの信号を、汐留日本テレビに送り、
「超☆汐留パラダイス!」に設置された220吋スクリーンに投影
〇地上波・BS日テレ・日テレG+(ジータス)放送は、通常どおり日本テレビHD中継車で制作
●伝送方法 :東京ドームから光回線で東陽町スカパーマスターへ4K伝送
【システム】
7月末に稼働した弊社新中継車であるOB-X(オービーエックス)を使用。
設計指針としては前車で不備を感じていたHD入力数の充実化で、特に4K業務に合わせて製作したわけではない。但し、必要な対応機器を持込めば4Kが成立するようSWERの入出力系統を考慮し、「4K対応」としての視野を持って設計している。
OB-XはSG・SWER・CCUのフォーマットを自動で切替えるマルチフォーマット切替器を採用しており、4K運用時には釦1つで1080P/59.94に設定する事ができる。
SWERはSONY MVS-7000X 3M/E MP2(マルチプログラム)を採用し、通常のHD時には60入力・48出力と十分な構成であるが、4K時には÷4となり15入力が最大となる(今回は4K 14入力)。
4K切替はSquare Division 方式(通称:田の字)でおこなう。これはME1 PGM1を操作する事によりME1 PGM2/ME2 PGM1/ME2 PGM2が連動して切替わるようバスリンク方式を用い、結果1M/Eとして4つの入力信号を同時に切替えているのである。
またこの信号を振り分けるN-VISION(Grass Valley)ルーターは、3G-SDI対応となっており各機器への出力分配を司っている。また、60以上もの3G対応DDAを備え、4K時に必要となる入出力数に対応している。
また、4K時のSWER不具合に対応すべく、ルーターとDSK(最終段スーパー)によるEMG(エマージェンシー)系を構築した。
本番時の車内(後部席にスロー3名が着座)
CCUはHDC-4300対応のHDCU-2000を8台車載している為、今回は増設としてBPU-4000 6台を汎用ラックにマウントした。SWER前のモニターはBPUから出力されるHDで表示し、最終段のPGM OUTのみSWER卓前に設置した30吋4Kモニターで確認を行った。
一方、カメラRET及び各所分配用としてのHD-PGMの必要性もある事から、朋栄の4分割モニター装置を使用して4K-PGMの簡易D/Cをおこない、HD-PGMとしてルーターに入力した。
このように、システムとしては4K信号だけを切り替えていけば本線が成立するものの、各素材から最終段までHDでのモニタリング環境も同時に必要な為、4KとHDの共存が必要になってくる。
増設機器ごとに、4本の3G-SDI回線(×2)+HD回線が必要となるため、VJ盤は相当数なケーブルパッチとなり、全体の事前準備には丸1日を要してしまう。
車内モニター環境として、SWER卓前・CVE席前にSONY PVM-X300(30吋4K液晶モニター)を設置。そしてフォーカス指示に43吋液晶テレビを、ギャラリー用に65吋テレビを設置しての確認となった。
【カメラ・レンズ】
弊社としてはPMW-F55 2台を保有し、これまでにドラマ「殺人偏差値70」、情報番組「五感で旅する世界の美術館」など数々の4K作品を手掛けてきておりF-55の扱いは慣れている。また中継でもF55とEVS-EPSIOを用いて、レギュラーの巨人戦野球中継において「4Kピンポイントスロー」を行っており、東京ドームでのカメラポジション・照度など撮影環境を把握している。
2年前の4Kでの野球収録時は、HD中継と同様の画角を満たす高倍率のPLレンズが無く、遠方から撮影するカメラ(1・3・7CAM)にはHD箱レンズと「PMW-F55」の組み合わせしか選択肢がなかった。その場合、ドーム内の撮影の為、B4マウント変換による光量の低下や解像度の劣化等があり、映像信号は4Kであっても画質的な面で必ずしも満足いくものではなかった。
今回の特徴として、SONYの新型4Kカメラ「HDC-4300」をレンタルする事が可能となった事である。
HDC-4300は2/3型3板式CMOS搭載のカメラで、従来のHDレンズ・サポーターをそのまま使用でき、通常のHDカメラと何ら変わらずカメラをセットできる事が利点である。従来のシネレンズのギアによるデマンド操作は、シビアなフォーカス合わせの技が必要とされる上、屋外の雨天時などでは運用に注意が必要である。その為F値を落とす事なく、箱レンズが簡単に使える事は現場的にメリットが多いと感じている。
特に野球中継にて最もテイクされる1CAM(PCサイズ)にはB4マウント対応の4K箱型レンズ「FUJINON UA80×9」も使用することが出来、高倍率でありながらカメラ・レンズともに"4K仕様"の高細度な映像が提供できた。
打球を見せる3CAMにおいてもある程度の焦点距離と被写界深度が必要な為、HDC-4300とHDレンズであるXJ95を使用。通常より広めのサイズを模索し、1枚画の中でボールの行方やランナーの動きが同時にわかるようなカメラワークを心がけた。
一方、大判センサーカメラならではの被写界深度の浅さも中継に取り込みたいと考え、ベンチサイドには「PMW-F55」とPLレンズ「CN20×50」の組合せを選定。HD時のカメラワークに比べ"フォーカスワーク"という要素が加わり、試合が動いた時の見せ方に幅が生まれ、より印象的に撮影することが出来た。
ハイスピードカメラとしては朋栄の「FT-ONE OPT」を使用。レンズ選定に関してはスロー映像が特徴的に表現できる望遠レンズでの組み合わせが理想であるが、レンズの明るさも考慮し外付けレンズコントロールを使用した「CN-E30-300mm」とした。
通常のスローは4K対応EVS 2台での運用で行った。HDでは8CHもの回線が取れるEVSも4Kでは2in1outに制限される為、入力1はハイライト編集用にクリーン映像を入力し、残りは全て映像切替BOX(スローセレクト)経由にし、ネットワークを組んで素材共有を図った。
【VE関係】
本番は通常のアイリスや色調整などのオペレーションに加え、4K信号自体の確認・4K画質のチェック等があり、HDよりもスタッフを多く必要とした。特にオペレーション用のモニタリング環境はすべてHD信号で、実際にスイッチャーに入っている4本の3G-SDIとは別物の為、適宜これらの信号が正常であるかを確認する必要があり、油断が出来ない状況だった。
今回使用した4KカメラがHDC-4300・PMW-F55・FT-ONEの3機種と混在していた関係で、カメラ毎の色味の違いに非常に悩まされた。これら3機種は単純な色調整だけでは色味が合わず、お互い違和感のない色に合わせる為、通常の野球中継時のカメラ調整のおよそ3倍近い時間をかけて色調整を行った。
その結果、最終的に4Kならではの綺麗な発色で無事に放送が出来た。
【スーパー】
NIXUS 製4K用スポーツコーダーシステム×2式を使用しての運用となった。選手写真や球団マーク、アイコンなどすべて4K解像度の高精細な表示ができる。データ表示画面(成績・順位・BSO等)は、既存のHD用画面とほぼ同規模でリアルタイムに表示できる為、番組制作に支障を与える事がない。
CG1では選手名・打率紹介などを表示し、CG2ではBSO他、スピードガンデータを入力し画面表示をおこなった。またオープニングタイトルCGとして、4Kテロップ(動画送出+音声出力・静止画送出)機能を使用し効果的な演出をおこなった。
この2系統のスーパーは基本はSWERのKeyスーパーでおこない、DSK(アストロHD-1678)はバックアップとして備えた。
【音声システム】
放送音声フォーマットは5.1chサラウンド。サラウンドを構成する音声信号は、ベースに通常の東京ドームNTVサブコン作成5.1chアンビエンス(L/R C/LFE/Ls/Rs)とステレオノイズL/R、ヒーローインタビューマイク、ベンチマイク等の分岐信号を使用。4K映像に合う独自素材としてはカメラマイクのECM680ステレオマイクで行った。
4KハイライトVTRはステレオノイズを収録し、カメラマイクとVTRなどのステレオ素材を
DaySequerra UPMixを用いて5.1ch化し、東京ドームからの分岐サラウンドアンビエンスと違和感なく繋がるように工夫をした。
コメンタリーは、PGMコメントとしてNTV第2放送席を使用し4K放送として独自運用した。これらサラウンドPGMを作る音声ミキサーにはYAMAHA DM2000を使用した。
音声信号レベルはARIB TR-B32の規定に従い-24LKFSを目指してオペレーションを行った。スカパー生放送・汐留イベント会場のパブリックビューイング用の信号として、サラウンド6chとステレオ2chを放送用エンコーダーへ接続して伝送8ch信号とした。
駐車場所の問題で日本テレビ音声中継車が置けない為、これらすべてのオペレーションを弊社の支援車内で行った。
サラウンド環境作りは、支援車内の機材固定用のラッシングバーをフロントスピーカー用、リアスピーカー用として橋渡し置き台を作り設置することで対応。特に変な響きや、回り込みもなくなかなか快適な環境で音創りできた。
支援車内部・ミキサーの様子
●MADI接続
OB-XはMADI対応としているため、MADI信号を使って音声車とOB-X間の信号の受け渡しを行う事とした。
OB-XのMADI信号は、シングルモード光とマルチモード光にパッチ接続で両モードに対応し、BNC75Ωにも対応している。今回はYAMAHAのMADIカードを使用するためマルチモード光を選択。まだ不慣れな光接続のためマルチモード光(本命)とBNC同軸(予備)を引き二重化を行った。
MADI信号を、車載監視系用として用いているフォービットDX-750に通常のAESデジタル信号で接続、監視後に音声ルーターIXS-6600で接続先にルーティング設定を行った。OB-XのMADIシステムは光とBNC同軸を用いて二重化が出来、光ケーブルが切れるなど信号が落ちても同軸に乗り替われるようになっているが、今回使用したマルチモード用のベルデン・タクティカルファイバーが、見た目の細さよりも頑丈で安心感があり、中継車と音声車間での人の往来が多い場所においても問題なく安心して使うことが出来た。多チャンネルのMADIを使用することにより多くなりがちな音声信号数に対して、増えるケーブルの数とマルチケーブルの太さなど、引き回しでの苦労が減った。MADIのインプット回線とアウトプット回線が、中継車内の音声ラック端子にまとまっているので差し違えも少なく、5.1chサラウンドなど受け渡し信号が多いときに便利に思えた。
MADIを含むデジタル信号接続なので、アナログ信号での回線ノイズやレベル変動に悩まされる事が無く、NTVサブコンとのアナログ信号回線も問題なく使用、運用が出来た。
●運用面
大画面で見ることを前提とする4K映像ということで、音声としては、5.1chサラウンドをドームで試合を観ているような臨場感を伝えられるよう意識しオペレーションを行った。今回は東京ドームという大きな施設での4K高解像度を意識し空間を見せる演出と、サラウンドの空間を表現する音声、ハンディカメラのマイクやVTR再生などのUpMixも効果的に使う事ができ、4K映像と5.1chサラウンドの相性の良さを感じられた。
【伝送・収録】
今回は、SOFTBANK ASI回線を使用して、江東区東陽町にあるスカパー!本社までの伝送をおこなった。
コーデックはスカパー!側が用意したENC NEL XVE9310 2SET(本命・予備)×2台 に、各々3G-SDI×4、AES音声×4回線を渡した。
収録はXAVCサーバーであるSONY PWS-4400 2台でおこなった。運用は3in 1outでおこないLINE・CLN・ISO以外にカメラ単体信号(C1・C3)を入力した。
収録フォーマットは、3840×2160 XAVC Class300 (600Mbps) 59.94pでおこない、本体に収録しながら外付けHDDに同時に転送する事とした。3in であれば実時間+10%程度の転送時間を見る必要があり(4時間の収録をして停止したのち20分程度必要)、思ったほど撤収時間に影響を与える事はなかったが、XAVCサーバーは借用機である為、終了後に消去して問題ないか?データの運用方法など注意が必要と感じた。
収録・伝送機材と共に、エアコン常備のトラックを中継車に横付けし、作業場所とした。
収録の様子 奥が収録機、手前が伝送機器
【パブリックビューイング】
中継の模様は汐留日本テレビ「超☆汐留パラダイス!」イベント会場にも伝送し、4K対応高輝度DLPプロジェクター2台を220吋ホワイトスクリーンにスタック投影し、パブリックビューイングとして開催した。
伝送はスカパーで運用している回線をSOFTBANKで分岐し、汐留日本テレビの回線センターに伝送した。
予備回線としては、1GbpsのEthernet回線、ENC NEL XVE9310 2台/DEC NEL HVD9130 4台を用意した。設定はほぼ同じでディレイはLOW DELAYモードで運用(スカパー!はNormal)した。
【編集】
中継の模様は、今年4月に渋谷に開設した4K対応ポスプロ「NiTRo SHIBUYA」の視聴室(EDIT 3)においてモニターすることができた。実際のスカパー!4KのOAを受信し、SONY製プロジェクター(VPL-GTZ1)によって120吋のスクリーンに投写された。大型スクリーンで4K野球を視聴すると、1塁側スタンド上段カメラからの高精細な広い映像により、打球、打者、走者、守備体系など全ての情報を一枚画でカバーできるため、視聴者自身が視点を選択するという、実際の球場にいるような見方で観戦することができた。
一方、後日OAのChannel 4K用としては、XAVCサーバーで収録された素材からブリッジメディアにクローンが作成されNiTRo SHIBUYAへ当日搬入された。ポスプロでは、作業用ストレージやバックアップへのクローンを作成。ディレクターが下見する動画ファイルを作成するため、QFHD XAVC素材からタイムコードを映像に焼き込みながらVGA程度のH.264 QuickTimeに変換。ディレクターが下見し、使いどころのタイムコードをチェックして編集に流れた。
編集に使用する機材はGrass Valley製EDIUSターンキーシステム「HDWS-4K2」。4K XAVC素材をEDIUSにインポートし「プロキシモード」でオフライン編集。「プロキシモード」では、オリジナルのハイレゾデータから画質を落としCPUへの負荷を軽減するため、ストレスの無い作業が可能となった。オフラインを終えたところで「プロキシモードの切り替え」により、タイムライン上のクリップはオリジナルのハイレゾデータに差し替わるため、コンフォームでのトラブルもなく編集が完了した。
XAVCサーバーでの音声収録は8chを使用し、スカパーの運用規定に合わせ5.1chサラウンド+ステレオに割り当て、MAスタジオで5.1chサラウンド対応のミキシングの後、映像と音声を一本化してXAVC納品フォーマットへ書き出し、NexTV-Fへ納品する完成版となった。
【スケジュール】
新中継車OB-Xで初の4K生中継。我々は入念な準備のため生放送の前々日に、カメラ・CG・サーバー等増設機器を組み込んでテストをした。初めて触れる実機もあり不安と緊張の中、各々がひとつひとつ動作チェック、使用感を確認し全ての機材チェックを済ませた。
機材チェックの様子
生中継は3連戦最終日のデーゲーム(14:00PB)の為、「当日セッティング」では時間が十分に取れない事と、カメラ覗きテストも必要な為、前日(3連戦なか日)に現場セットしそのままリハーサルをおこなった。
リハーサルは試合を6回までテスト撮影し、その後は4Kモニターで映像をチェックしながら、ディレクターと技術スタッフで「4Kならではの画作り」について話し合った。
特に「サイズと深度」に関しては大きなテーマとなり、「1枚画でどこまで見せるか?」「放送用カメラ・レンズとシネスタイルカメラとの混合はどうか?」が話し合われ、万全な態勢で臨むことができた。
【最後に】
これまでのスポーツ4K撮影では、4Kシネレンズの焦点距離が圧倒的に不足しており、カメラマンが切り取るサイズに制限が出てしまっていた。また、高倍率のHDレンズを使用する場合もマウント変換による光量の低下や4Kレンズと比べての解像度の違いなどに悩まされた部分も多かった。
しかし、今回2/3インチ対応のカメラや4K専用レンズの登場によってHD時の感覚・機材操作とほぼ変わらない状況が構築できたため、制約のない「4Kらしさ」を追求できる初めての中継となった。
3G-SDI信号を4本束ねる方式は2年前と変わっていないが、着実に4K対応機材は増えつつある。弊社としては今後も制作を重ねる事により4Kの可能性を模索していきたい。
特に今回、日本テレビグループとして撮影から編集まで一貫しておこなった事は、今後の4K番組作りへの大きな蓄積となった。
なお中継車等、機材が十分に整っていない中、メーカー及びレンタル会社様のご協力で無事に放送を終えることができた事を誌面を借りてお礼申し上げます。