REPORT 現場リポート

マスター技術者も箱根の現場へ!

2016.01.28
放送技術

私の本業は、"地上波マスター" での運行統括・設備保守・監視業務です。
そんな私に上司から突然・・・

「今度の箱根駅伝、現場をやってくれる?」
と優しく言われたのが昨年の秋。

私の現場経験といったら十数年前の報道技術時代以来の御無沙汰です。
自分でいいのかな?...でも、なんといっても箱根駅伝は、日テレで働く技術者にとって"憧れ"だしなぁ...などなどの思いが5秒21フレームほど頭をよぎり、ハッと気づいた時にはこう答えていたのでした。

「はい! 喜んで!!」

今回、私の任務は伝送業務のひとつ"移動車受信ポイント担当"です。
箱根駅伝は、日本テレビ汐留本社と、各エリアを統括する湘南、箱根放送センターという"親基地"の下に、約40ヵ所もの"中継所"及び"移動車受信ポイント"を設営して、全コースを電波でカバーしています。
それぞれの"移動車受信ポイント"には担当するエリアが割り当てられており、ランナーと並走している移動車(中継車)からの電波を正確に受信し、それを"親基地"に送り届けます。
こうして、担当するエリアをランナーが走り過ぎたら次のエリア担当に受け渡してゆく...レースの裏側でも、技術者たちの"襷リレー"が行われているのです。

ちなみに、移動車受信ポイントからの信号が途切れると放送が大変なことになりますので、天候が良ければヘリコプターでも同時に受信し、条件が良い側をシームレスに繋いでいくことで、更に安定した映像・音声を構成する事が出来るようになっています。
また、移動車からの伝送には、"FPU(Field Pickup Unit)無線伝送装置"を使用しますが、これは近年、番組でも多用されるようになった"携帯LTE"等の公衆回線とは違い、放送用に割り当てられた専用周波数を用いて「マイクロ波」伝送し、さらにデジタル技術が進んだことによって、高品質で安定した伝送が可能となりました。

で、話は戻りますが...
その沢山の移動車受信ポイントのうちのひとつ『江ノ島』(江ノ島シーキャンドル・灯台)が、私の"現場"です。
往路では3~4区、復路では7~8区の約83km分を主に担当します。

昨年秋から様々な技術会議や機材テストを繰り返したのち、いよいよ年末に現地入り。

江ノ島チームは総勢6名。
このメンバーで1月3日の番組終了まで行動を共にします。
私は"新参者"でしたが、同じ宿で同じ釜の飯を食べているうちに、自然に打ち解けることができました。

本番数日前には、実際のコースを移動車が走り、伝送状態や各種チェックを行う"総合テスト"が行なわれます。
ここで大切なことは、実際のコースの風景を頭に叩き込むこと。

私たちの場所からコース上の移動車までは、最大で約25kmも離れています。ですので、肉眼で入念にコースの風景を確認しつつ、スマホや地図も駆使しながら、今移動車がどこを走っているかをただちに把握しアンテナを向けられるよう訓練するのです。

そして、宿に帰れば復習です。
機材にトラブルが発生したときはどう対処するか?も、入念に確認します。このあたりはマスターでも同じですね。

朝からフル回転した脳と身体も、宿の暖かいお風呂と食事で一気に癒されます。
しかし、気分は高揚して次第にナチュラル・ハイに...。

そして、いよいよ本番当日。往路・復路共に起床は早いです。4時半には起床し、準備して5時半に宿を出発。まだ、私たちのエリアに選手がやってくるまで4時間も前です。

日の出前の薄暗い山道を登り、移動車受信ポイントがある展望台頂上を目指します。現場に着くとすぐに各機材のセッティングに入ります。受信した信号を集約し放送センターまで送るための多重装置や光伝送装置・スタッフ同士の連絡線・無線機などは"ベース"と呼ぶ基地に置かれます。
"ベース"と言うと響きは良いですが、階段下にあって日差しは全く無く、常にエアコン室外機の風があたる非常に過酷な環境にあるため、防寒着やカイロは更に念入りに装着しないと、これから丸一日、体が保ちません。

準備中、ベースにいるチーム隊長TDからアンテナ隊に向けて
「アンテナを海側から陸側へ、ゆっくり振ってみて!」
と指示があります・・・
私達が伝送で使用する周波数前後は民間無線等でも使用されるので、干渉がなくクリーンな状態であるかを確実にチェックします。

大手町をスタートした移動車とランナーが、いよいよ自分達のエリアに近づいて来る...

高まる緊張感...

さあ、来た!来たぞ!

移動車の位置は、コースガイドと呼ばれる連絡線で、距離や位置情報を音声ガイドとして知らせてくれるのですが、それはあくまでガイド。最後は"人"です。
頭に叩き込んだ景色と地図情報を総動員して、ピタリとアンテナを移動車の方角に向けます。今更ですが、アンテナは人間の手、つまり手動で向けているのです!この数か月の思いをパン棒(アンテナを動かすための棒)に込めて、静かに、確実にアンテナを移動車に向け続けます。

チーム隊長TDとアンテナ隊を繋ぐ連絡線からは「イイ感じで『波』を捉えているから、焦らず、ゆっくり、確実によろしく!」との激励、アンテナ隊も元気よく「了解です!」と答えます。

これまでの期間、積み重ねてきた信頼関係が結実する瞬間・・・チームワークの大切さを実感します。

自分で受けた電波が全国に届いている!

夢中でやっているうちに、あっという間に移動車は湘南から次の箱根エリアへと入って行きました。放送時間にして約100分間。"技術の襷"もしっかり引き継がれていきました。こうして2日目の復路も"勢い"で乗り切り、長いようで短かった"江ノ島チーム"の闘いが終わりました。

機材を撤収していると、一般の方から声をかけられました。

「毎年見てるよ箱根駅伝! 裏方さんの姿、思い浮かべながら来年も楽しみにしてるよ!」

...なによりも嬉しいお褒めの言葉です。

無事にトラブルもなく仕事が終わった安堵感・達成感と同時に、このチームが解散する事の寂しさも沸いてきます。

「お疲れさま!解散!」

...翌日からまたそれぞれの業務に戻ります。私はマスターに戻って、この貴重な体験をマスターの仲間に分けて行こう。

やっぱり、箱根駅伝って、凄い!


筆者

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